小説
特価を探す民 と 働く人 の物語
現代社会。
社会に出て働き、給料を貰って、生活に必要なものを買う、消費する…
そんな小学校で学ぶ“経済活動”の輪廻は、昔も、今も、そしてきっとこれから先も、あり続ける。
そんな中、それとは少し、ほんの少しだけ違った生き方をした人々がいた。
誰に名前をつけられた訳じゃない。ただ、そんな人々を、人々は「特価民」と呼んでいた。
この人々は昔からいたのか、最近なのか、それとも“いない”のか、それさえもわかっちゃいない。いいや、誰も興味さえないのかもしれない。
だけど彼らは“確かにそこにいた”。
そんな彼らの物語を少しだけ、しよう…
________________________
第1話 プロローグ
「フゥ…だる」
土地管理会社の社員 朝田慎二郎(25歳)は朝からため息を付いていた。
「もうこんな時間かー…」
時刻は7時40分。決して遅い時間ではないが、慎二郎は会社まで車で一時間の道のりがある。このくらいの時刻だと、朝礼に調度間に合うかどうかというほどに、時間がなかった。
「出たら昨日の分の報告書作って、予定チェックして、看板が届いたら持って鎌倉まで出て、と」
朝田の自宅から車の置いてある駐車場までは少し距離がある。朝田は出社してからの予定を思案しながら、歩を進める。朝田の会社は社員100人に満たない中小企業。関東にいくつか拠点を持っているのだが中でも横浜支店という、関東という位置にありながら大都会とも言えぬ、田舎とも言えぬ、そんな場所柄で仕事をしていた。
「着いてからも時間ねえな」
「…金もねえし」
給料は20万。手取りは15万といったところだ。大学卒業後23歳で入ってから、一度も昇給はない。
朝田は一人暮らしで、今の給料で飢えることはない。だけど決して裕福とはいえないそんな中流未満、な生活をしていた。
「おはようございます」
8時45分。何とか朝礼には間に合ったようだ。やることは色々あるが…もう少しだけ早く起きればよかったと、少しだけ後悔をした。
朝礼を済ませ、横浜支店に出勤している人たちは各々の作業にとりかかる。朝田もまた、そのひとりだ。
(…そろそろ出るか)
「では、いってきます」
車に乗り込み、カロッツェリアのナビを操作し目的地を鎌倉市山ノ内にセットする。
(50分ってところか…12時には間に合うな)
12時に、土地オーナー立会いのもとテナント募集と事業用地募集の看板設置。今日のメインの作業だ。
横浜から鎌倉へ順調に車を走らせ、今日の仕事は多少の面倒さを感じつつ何事も無く終わると思っていた。その矢先。
ト、ト、トン、トン。
車のガラスを叩く音。
「ああ…うそだろ。降るのか?今日は」
朝田は現場での仕事があるにもかかわらず天気予報を見るのを怠っていた。朝はいつも寝坊気味で、テレビも付けずに家を出ていることが災いした。
現場に到着するなり、オーナーの車が路駐しているのが目にとまった。
「やあ。天気予報じゃ曇りだったのに、見事に降ったね」
「お世話になっております。遅れまして、すみません。あいにくの雨ですね」
「いやいや、遅れてないよ。雨降ってきて悪いけど、よろしくお願いしますね」
「はい。2枚取り付けるのに、2時間もあれば終わると思いますので」
「そう、それとなんだけど。近所の人が、ここの脇に生えてる雑草が伸び放題で迷惑してると言ってきててねえ。なんとかしてくれってことなんだよ」
オーナーが向けた視線の先には1mを越そうかという程のたくましい雑草が生い茂る。ここは鎌倉の中でも山に近いから、掻き分ければ食べられる山菜でも混じっているかもしれないな。あじさいも混じっている。
「ここね、元々は排水溝だったんだけど、長い間に泥が溜まっちゃって。で、こんな状態なんだ。ご近所さんにこの土地で事業やると言った以上、放置もしておけなくてねえ」
要はどぶさらいをやれということか。直球で言わない辺り、私の良心に訴えかけて動かそうとしているのか。ただでさえ競争のある企業だ。話を聞いた以上、もともと拒否権はあってないようなものだが…
「かしこまりました。それについても、時間が許す限りさせていただきます」
「ごめんね、悪いね。お願いしますね。本当は私も手伝いたいんですけど、これから次のお客さんが入っててね」
「いえ、大丈夫です。私も無理だと思ったら、後日応援などを呼ぼうと思いますので」
このオーナー、口では悪いと言っていても、態度では悪いと思っていなさそうだ。客商売を続けているうち、建前と本音というものが薄々と解りかけてきた。
「温かくもなくて悪いんだけどこれ、飲んで」
オーナーは車から缶コーヒーを取り出し、私に渡す。
「そんな、頂いてよろしいのですか。ありがとうございます」
「いやいや、これくらいしか出来ないけど。じゃあ、お願いしますね」
オーナーは車のハザードを止め、早々と走り出していった。缶コーヒーには微糖 神戸居留地と書いてあった。
自分も車に一旦乗り込み、レインコートを着込む。
「フゥ…だる」
これから看板を2枚設置して、雑草を刈って、どぶさらいか。
「うぅ、いくら6月とはいえ、山のほうだし雨も降ってるし、寒いな…」
缶コーヒーを一口煽ってから、意を決して外へ出る。
「…雨、強くなってないか」
____________________
トンテンカン。社員3年目よろしく手際よく看板を取り付け終える。
「あとはこの雑草な…」
車からゴミ袋と剪定バサミとスコップを取り出し、ハサミにはCRCスプレーを一噴きする。
「このアイテムも久々だな。下ろしておかなくてよかった。いや下ろしておいた方がよかったのか。まあいい、これが終わったらちょっと豪勢な昼飯だ、頑張れ俺」と己を鼓舞する。
黙々と雑草を、あじさいを、切り落としては袋に詰める。
雨の日の作業というのもままあることで、そのためにレインコートは三千円以上するいい物を用意している。そのため、水が入ってくるようなことはないが。軍手はとうに雨水が染みきっていて、手の感覚も失いつつある。軍手を着けていてわからないが、両の手はきっと血は通っておらず真っ白になっているんだろう。
「心頭滅却すれば…か。ハァ、暖かい風呂入りてえ」
心のなかで帰ってからのことを想像しながらもほとんど無心で、手を動かし続ける。
そんな作業も3時間目に入ろうというところ。
「…あの」
ん?
「…あの、何してるの?」
女の子が、俺の後ろに立っていた。
___________第1話終わり____________
第2話 いっちゃダメ(`;ω;´)
特価を探す民 と 働く人 の物語
現代社会。
社会に出て働き、給料を貰って、生活に必要なものを買う、消費する…
そんな小学校で学ぶ“経済活動”の輪廻は、昔も、今も、そしてきっとこれから先も、あり続ける。
そんな中、それとは少し、ほんの少しだけ違った生き方をした人々がいた。
誰に名前をつけられた訳じゃない。ただ、そんな人々を、人々は「特価民」と呼んでいた。
この人々は昔からいたのか、最近なのか、それとも“いない”のか、それさえもわかっちゃいない。いいや、誰も興味さえないのかもしれない。
だけど彼らは“確かにそこにいた”。
そんな彼らの物語を少しだけ、しよう…
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第1話 プロローグ
「フゥ…だる」
土地管理会社の社員 朝田慎二郎(25歳)は朝からため息を付いていた。
「もうこんな時間かー…」
時刻は7時40分。決して遅い時間ではないが、慎二郎は会社まで車で一時間の道のりがある。このくらいの時刻だと、朝礼に調度間に合うかどうかというほどに、時間がなかった。
「出たら昨日の分の報告書作って、予定チェックして、看板が届いたら持って鎌倉まで出て、と」
朝田の自宅から車の置いてある駐車場までは少し距離がある。朝田は出社してからの予定を思案しながら、歩を進める。朝田の会社は社員100人に満たない中小企業。関東にいくつか拠点を持っているのだが中でも横浜支店という、関東という位置にありながら大都会とも言えぬ、田舎とも言えぬ、そんな場所柄で仕事をしていた。
「着いてからも時間ねえな」
「…金もねえし」
給料は20万。手取りは15万といったところだ。大学卒業後23歳で入ってから、一度も昇給はない。
朝田は一人暮らしで、今の給料で飢えることはない。だけど決して裕福とはいえないそんな中流未満、な生活をしていた。
「おはようございます」
8時45分。何とか朝礼には間に合ったようだ。やることは色々あるが…もう少しだけ早く起きればよかったと、少しだけ後悔をした。
朝礼を済ませ、横浜支店に出勤している人たちは各々の作業にとりかかる。朝田もまた、そのひとりだ。
(…そろそろ出るか)
「では、いってきます」
車に乗り込み、カロッツェリアのナビを操作し目的地を鎌倉市山ノ内にセットする。
(50分ってところか…12時には間に合うな)
12時に、土地オーナー立会いのもとテナント募集と事業用地募集の看板設置。今日のメインの作業だ。
横浜から鎌倉へ順調に車を走らせ、今日の仕事は多少の面倒さを感じつつ何事も無く終わると思っていた。その矢先。
ト、ト、トン、トン。
車のガラスを叩く音。
「ああ…うそだろ。降るのか?今日は」
朝田は現場での仕事があるにもかかわらず天気予報を見るのを怠っていた。朝はいつも寝坊気味で、テレビも付けずに家を出ていることが災いした。
現場に到着するなり、オーナーの車が路駐しているのが目にとまった。
「やあ。天気予報じゃ曇りだったのに、見事に降ったね」
「お世話になっております。遅れまして、すみません。あいにくの雨ですね」
「いやいや、遅れてないよ。雨降ってきて悪いけど、よろしくお願いしますね」
「はい。2枚取り付けるのに、2時間もあれば終わると思いますので」
「そう、それとなんだけど。近所の人が、ここの脇に生えてる雑草が伸び放題で迷惑してると言ってきててねえ。なんとかしてくれってことなんだよ」
オーナーが向けた視線の先には1mを越そうかという程のたくましい雑草が生い茂る。ここは鎌倉の中でも山に近いから、掻き分ければ食べられる山菜でも混じっているかもしれないな。あじさいも混じっている。
「ここね、元々は排水溝だったんだけど、長い間に泥が溜まっちゃって。で、こんな状態なんだ。ご近所さんにこの土地で事業やると言った以上、放置もしておけなくてねえ」
要はどぶさらいをやれということか。直球で言わない辺り、私の良心に訴えかけて動かそうとしているのか。ただでさえ競争のある企業だ。話を聞いた以上、もともと拒否権はあってないようなものだが…
「かしこまりました。それについても、時間が許す限りさせていただきます」
「ごめんね、悪いね。お願いしますね。本当は私も手伝いたいんですけど、これから次のお客さんが入っててね」
「いえ、大丈夫です。私も無理だと思ったら、後日応援などを呼ぼうと思いますので」
このオーナー、口では悪いと言っていても、態度では悪いと思っていなさそうだ。客商売を続けているうち、建前と本音というものが薄々と解りかけてきた。
「温かくもなくて悪いんだけどこれ、飲んで」
オーナーは車から缶コーヒーを取り出し、私に渡す。
「そんな、頂いてよろしいのですか。ありがとうございます」
「いやいや、これくらいしか出来ないけど。じゃあ、お願いしますね」
オーナーは車のハザードを止め、早々と走り出していった。缶コーヒーには微糖 神戸居留地と書いてあった。
自分も車に一旦乗り込み、レインコートを着込む。
「フゥ…だる」
これから看板を2枚設置して、雑草を刈って、どぶさらいか。
「うぅ、いくら6月とはいえ、山のほうだし雨も降ってるし、寒いな…」
缶コーヒーを一口煽ってから、意を決して外へ出る。
「…雨、強くなってないか」
____________________
トンテンカン。社員3年目よろしく手際よく看板を取り付け終える。
「あとはこの雑草な…」
車からゴミ袋と剪定バサミとスコップを取り出し、ハサミにはCRCスプレーを一噴きする。
「このアイテムも久々だな。下ろしておかなくてよかった。いや下ろしておいた方がよかったのか。まあいい、これが終わったらちょっと豪勢な昼飯だ、頑張れ俺」と己を鼓舞する。
黙々と雑草を、あじさいを、切り落としては袋に詰める。
雨の日の作業というのもままあることで、そのためにレインコートは三千円以上するいい物を用意している。そのため、水が入ってくるようなことはないが。軍手はとうに雨水が染みきっていて、手の感覚も失いつつある。軍手を着けていてわからないが、両の手はきっと血は通っておらず真っ白になっているんだろう。
「心頭滅却すれば…か。ハァ、暖かい風呂入りてえ」
心のなかで帰ってからのことを想像しながらもほとんど無心で、手を動かし続ける。
そんな作業も3時間目に入ろうというところ。
「…あの」
ん?
「…あの、何してるの?」
女の子が、俺の後ろに立っていた。
___________第1話終わり____________
第2話 いっちゃダメ(`;ω;´)
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